海賊の音楽について

海賊は全3幕5場 台本サン・ジョルジュとマジリエ。振付マジリエ、音楽アダンで1856年1月23日 パリオペラ座で初演されました。小倉重夫の著書バレエ音楽百科によると「海賊」はイギリスの詩人バイロンの同名の抒情詩による作品で、ギリシャのエーゲ海を舞台にトルコの封建領主セイド・パーシャに反抗して、独立に加担した海賊を主題に書かれたもので、後見人によってトルコの高官に売られた娘メドゥーラとその海賊の首領コンラッドとの愛の物語です。

この抒情詩をもとにした最初のバレエはドゥ・コンブ振り付け、音楽はボッシャで1837年ロンドンで上演され成功をおさめています。その後この作品をパリで新作として上演されることになり、1840年アダンが依頼されて新しく作曲をしましたが、この計画は中止され、上演されませんでした。その後、衰退の一途をたどりはじめたパリのバレエ界を立て直すために、13年後にこの海賊のバレエ化が再び計画され、これは成功し、その1年間で43回も上演されたそうです。

海賊はその後1867年にパリオペラ座は、ドイツ出身のプリマ、グランツォワを主役にしての再演を計画したのですが、そのとき、台本の一部が改訂され、そのための新曲はアダンの弟子で新進作曲家でもあったドリーブが依頼され、作曲しました。このときに書かれたのが第3幕1場の「ナイラ・ワルツ」として知られている花の踊りとグランツォワ(メドゥーラ)のバリエーションです。この公演も成功をおさめています。

一方で海賊は1858年1月24日サンクトペテルブルクのマリインスキー劇場で、ペローとプティパによる振り付け、音楽はアダンの作品をもとにプーニが新たに新曲を加え改訂したものを使って上演されています。その後もプティパは1863年に新演出で、その後もドリーブの加筆した版も帝室マリインスキー劇場で上演、さらに1899年に新演出で上演した際にドリーゴに作曲を依頼し、第2幕の海賊の洞窟の場で踊られるメドゥーラとコンラッドのパドドゥを追加挿入しています。この踊りはコンサートの演目として上演される機会が多く、特にヨーロッパではヌレエフが踊るようになってから急速に親しまれるようになりました。(これも全幕作品と同様に音楽は複雑で特にメドゥ―ラのバリエーション用の音楽はシモン作曲のものの他ドリゴ、ミンクスによる「パキータ」の中の1曲など数種あります)このようにして海賊はロシアで人気を博す最重要演目の一つとなりました。

その後1912年には帝室ボリショイ劇場でゴルスキーによる新演出で上演されたときにショパン、チャイコフスキー、シモンの曲が追加されています。前述の1899年にドリゴとミンクスの曲を追加したプティパ版を元に、様々な演出家がその後も次々と新しい演出で海賊を上演しました。その結果現在世界で上演されているバレエ『海賊」の音楽は、アダンのものをベースに、ブーニ、ドリーブ、ドリゴ、ミンクス、シモン、オルデンブルグ公爵・・と合計7人もの作曲家による作品ということになりました。

 

 

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