パキータ

パキータは、スペインのジプシー娘パキータとフランス人の貴族の恋物語です。全2幕3場 音楽エデュアル・デルドヴェ、演出振付ジョセフ・マジリエで、1846年4月1日パリオペラ座で初演されました。その時の主演はジゼルで有名なカルロッタ・グリジが、パートナーをマウリス・プティパの兄リュシアン・プティパが努めたと言われています。その翌年の1847年9月26日 弟のマリウス・プティパがサンクトペテルブルクのボリショイ劇場で、兄リュシアン・プティパが演じた主役「パキータ」の相手役「リュシアン」を踊り、自らが振付演出もしたパキータを上演し、演出家としてデビューしました。

その後、マリウス・プティパはデルドヴェの音楽を一部削除し、レオン・ミンクスに作曲を依頼して、第1幕に「パ・ド・トロワ」を、第2幕に「マズルカ」と「グラン・パ」などを付け加え、フランス風の優雅さと、イタリア風の技巧を融合させ、マジリエとは全く違った作品に作り替えて、1881年12月27日サンクトペテルブルクのマリインスキー劇場で再演しています。

初演当初のあらすじを簡単に紹介しておきましょう。舞台はフランス軍統治下のスペイン。ある日村祭りでフランスの将校リュシアンとジプシー娘のパキータが出会い、恋に落ちますが、二人は身分の差に悩みます。パキータは肖像画の入ったロケットを子どもの頃から肌身離さず身に付けていて、これをリュシアンに見せようとしたとき、ジプシーのリーダーイニゴに奪われてしまいます。このロケットの肖像画の秘密を知るイニゴはパキータに嫉妬していたからです。祖国を奪われフランス軍を憎む知事のロペスは、このジプシーのリーダーイニゴを使ってフランスの将校リュシアンに毒を盛り殺害しようと企みましたが、この策略に気づいたパキータの機転でリュシアンは難を逃れます。イニゴからロケットを取り戻し、二人はフランス軍の将軍主催の舞踏会場にたどり着きました。そしてリュシアンは命の恩人となったパキータに求婚するのですが、身分の差を気にし、パキータは戸惑います。しかしそのとき壁に飾られた肖像画を目にした彼女は驚きます。何故ならそれは自分が身に付けていたロケットの肖像画とそっくりだったからです。それは愛するリュシアンの伯父の肖像画でした。つまりそれこそがパキータの父親で、リュシアンの伯父・・二人は従兄弟同士だったのです。こうして二人はめでたく結ばれた・・というおはなしです。

その後パキータは全幕が上演される機会は減り、デルドヴェの音楽は忘れられていくのですが、レオン・ミンクスによって書き加えられたものは「グラン・パ」として再構成されて上演されるようになりました。そして、亡命した芸術家によって世界のあちこちに伝えられ、ジョージ・バランシンやドルフ・ヌレエフ、ナタリヤ・マカロワなどが、「パド・トロワ」を新たに振り付けたり、独自の演出で上演したりしました。音楽は主にミンクスによるものですが、プーニやドリーブ、チェレプニンなどの音楽も使われています。

今ではパキータと言えば第2幕の『グラン・パ」だけを「パキータよりグラン・パ」として上演されるだけでしたが、2001年になって、ピエール・ラコットの復元により、全2幕3場の全幕作品としてパリオペラ座が上演するようになりました。

注釈 「グラン・パ」というのは古典バレエに見られる様式のひとつで、プティパによって考案されたものと言われています。通常のパドドゥ形式をさらに豪華なものにすることを目的にしていて、有名なものに「ドン・キホーテのグラン・パ」や「パキータのグラン・パ」などがあげられます。主役の男女各1名と女性ソリスト数名、それに群舞が加わります。舞踊手の高度で洗練された演技が盛り込まれ、ダンステクニックを華麗に披露するためのものなので演劇としての要素が薄く、全幕物の中でこそ、その効果や魅力は発揮されますが、「グラン・パ」だけをとりだしてみると、どれも一様で同じような内容にしか見えないという弱点があります。

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