二つの ラ シルフィード

1832年フランスで初演されたこの作品は、ジゼル、白鳥の湖とともにバレエブラン(白のバレエ)3大作品の一つに数えられるロマンティックバレエの代表作です。原作はシャルル・ノディエの小説『アーガイルの妖精」で、スコットランドを舞台に人間と妖精の恋を幻想的に描いた物語です。現在では2つの版で上演されていて、1つはアドルフ-ヌリの台本でフィリッポ・タリオーニが振付たものを140年後にラコットが復元したもので、音楽はジャン・マドレーヌ・シュナイツホーファーによるタリオーニ/ラコット版です。1972年にパリオペラ座で初演されました。
もう一つは同じ物語にオーギュスト・ブルノンヴィルが振り付け、ヘルマン・フォン・ロヴィンショルドの音楽で1836年にコペンハーゲン王立劇場で初演されたブルノンヴィル版です。この二つの「ラ・シルフィード」は音楽は違いますが、ストーリーはまるで同じです。何故このような2つの作品ができ上がったのでしょう。それ昔次のような出来事があったからだということです。当時パリでタリオーニ版の「ラ・シルフィード」を見て感銘を受けたブルノンヴィルが、デンマークでこれを上演しようとしましたが、パリオペラ座から音楽の使用許可を得ることができず、自分で台本を書き、別の作曲家に音楽を依頼したのです。台本がヌリのものとほぼ同じであったため、パリでブルノンヴィルは盗作者として訴えられてしまいます。しかし2つの作品の振り付けや演出はずいぶん違いがあります。
 タリオーニ・ラコット版では登場人物の心境を舞踊によって表現することに重きを置いていますが、ブルノンヴィル版では舞踊以外にマイムが多用され細かな表現を取り入れるなど演劇的な要素を重視している点でそれぞれ特徴があります。 
 振り付けの面においてもタリオーニ・ラコット版ではエフィーとジェームスが手を添えあい、支えあって踊るのに対して、ブルノンビル版では2人は原則的に接触しないで踊るという具合に全く違っているのです。タリオーニの時代において男性舞踊手は女性のサポートをするものでしたが、ブルノンヴィルはバレエにおける男性舞踊手の位置付けを変え、男性の女性サポートを廃止し、男性もソロを踊るよう振り付けています。  
 1832年 ラ・シルフィードがパリで初演された当時、柔らかなチュールレースを何枚も重ねて作られた衣装ロマンティックチュチュや、ポアント(爪先立ち)の技術をを駆使した振り付けはまだ珍しいものでした。森の妖精シルフィードを演じたマリー・タリオーニは情緒豊かに幻想的な妖精の世界を演じ、当時のバレエ界にセンセーションを巻き起こしたと伝えられています。 あらすじはどちらもほぼ同じですが演出には違いがあります。2つを比較しながら紹介していきましょう。
 第1幕スコットランドの農村 農夫ジェイムスは今日婚約者のエフィーと結婚式を挙げることになっています。ところがエフィーには彼女をを愛していて諦めきれなグエンという村人がいて、一方のジェイムスは夢の中に現れた森の妖精シルフィードに恋をしてしまっているのです。祝福に訪れた親戚や友人の前でマッジという占い師はエフィーはジェイムスではなくグエンと結ばれる方が幸せになれると告げたため、追い出されてしまいました。人々が結婚式の準備のため部屋を去りジェイムスが一人になるとそこにまたシルフィードが姿をあらわします。ジェイムスがエフィ―と結婚することを知ったシルフィードは嘆き悲しみ、彼に愛を告白します。間もなく村人たちは集まり、結婚式がとり行われようとしたとき、シルフィードに指輪を奪われたジェイムスは彼女の後を追って森の中に入って行ってしまいました。タリオーニ・ラコット版では、コールドによるスコティッシュダンスの後、ジェイムスとエフィがパドドゥを踊りますが、ブルノンヴィル版ではこのパドドゥはありません。 
 第2幕 森の中でジェイムスはシルフィードを抱きしめようとしますが、妖精なのでするりと抜けて消えてしまい、彼女を自分のものにすることができませんでした。森の中に1人とりのこされたジェイムスがエフィを裏切ってしまった後悔と、満たされないシルフィードへの想いに悩んでいるとそこに占い師で魔女のマッジが現れます。ジェイムスがマッジに悩みを打ち明けると、マッジはジェイムスに薄いショールを手渡し、これでシルフィードを包むと、シルフィードの背中の羽が抜け落ちて、彼女を永遠に自分のものにすることができると教えます。そして再び現れたシルフィードをジェイムスはそのショールで包みました。するとシルフィードの羽は抜け落ちましたが・・そのとたんシルフィードはジェイムスの腕の中で次第に弱り・・愛のことばを残して死んでしまうのでした。絶望するジェイムスの目の前を結婚式を挙げたエフィーとグエンが通り過ぎ、全てを失ったジェイムスはその場に倒れ込み息絶えてしまうところで幕がおります。
2幕でジェイムスがシルフィードへの愛を誓う場面、ブルノンヴィル版でそれがマイムで表現されているのに対し、タリオーニ・ラコット版においては2人の踊りによって表されています。瀕死のシルフィードとジェイムスの踊りもタリオーニ・ラコット版の見せ場になっています。また妖精たちの浮遊の場面においてタリオーニ・ラコット版では凝った舞台装置を使うのに対して、ブルノンヴィル版ではさほどそこにこだわりはありません。一方ブルノンヴィル版にはタリオーニ・ラコット版には無い場面も加えられ、具体的な演技により演劇的な雰囲気をより強く出しています。ガラコンサートなどでよく目にするブルノンヴィル版の2幕のパドドゥはグランパドドゥ形式ではなく男性舞踊手と女性舞踊手がソロを交互に踊る形式がとられていて、ソロの踊りが見せ場を作っています。
 この二つの作品の歴史的な意義を研究者は次のように述べています。タリオーニ・ラコット版はロマンティックバレエの最初の全幕作品をできる限りの時代考証によって再現したという点で、またビルノンヴィル版はロマンティックバレエ時代の舞踊技法をそのまま継承しながら上演している点において意義深く、どちらも人類の知的遺産として上演され続けていくであろう と。

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